おそるべき不安の時代に

おそるべき時代がやってくる、と人はいう。
AIテクノロジーやロボット化が進むために、
あなたが今している仕事はそのうちなくなる。
あなたのスキルは役に立たなくなり、
新しい仕事につけたとしても給料は下がるだろう。
長寿化しただけ、がんや認知症にかかる人が増えてくる。
親が認知症になると介護しなくてはいけなくないし、
あなた自身ががんになる可能性は高い。
ネットやSNSへの依存度が高まって、
人間関係をうまく築けなくなる。
いちども結婚しない人や離婚する人が急増しているから、
あなたも他人と絆がたもてず孤立するかもしれない。
これまでの安定化した時代が終わりに近づいて、未知の流動的な時代がやってくる。
その一方で、そういう戦国時代の到来を、
不安になるどころか、待望している人々もいる。
これまでの時代では、自分の思うようにできなかった分だけ、
これからの時代で思う存分力をふるえる時代がやってくる。
ごくわずかかもしれないが、そんな人々が確実にいる。
どちらかというと、このぼくもそのひとりかもしれない。

日本の歴史をみても、安定した秩序のもとで生きられた時代と、
不安定で流動的に生きるしかなかった時代が、代わりばんこにやってきた。
大和朝廷が一元的に全国を統治していた平安時代が終わると、
武士主導の武力実力主義の時代がながくつづいた。
不安定性に終止符をうつべく徳川幕府が政権を手に入れた。
安定性がゆらいで幕末の動乱時代がきた。
混乱をおさめるかたちで明治大正時代がつづいたが、
昭和にいたって戦争に突入しておそろしく不安定な時代をむかえた。
終戦とともに平和国家を樹立した昭和後期・平成の時代が過ぎて、
いまこれまで人類が経験したことがないような未知の時代をむかえようとしている。
安定化した時代には、それにふさわしい人物が活躍するし、
混乱をきわめる時代には、それに適した人物が台頭する。
問題は、自分がどちらの時代にふさわしい人物であるかを見きわめることではない。
ほんとうに問うべきは、自分が時代にふさわしい人物になれるかどうかである。
いや、それよりも、時代にふさわしい人物に自分を造りかえることができるかどうか、である。
ぼくは、生まれたときから、来たるべき混乱の、動乱の時代にそなえるべくして生きてきた。
そのために、自分を造りかえることもおこなってきた。
そして、今をむかえて、いよいよ自分の時代がやってこようとしているのを肌で感じている。
このみじかい人生の中で体でまなびとってきた経験や知恵はおびただしい数におよぶが、
それをなんとかピュアでシンプルなかたちにしてみようとしている。 

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コメント: 1
  • #1

    河俣眞 (月曜日, 15 10月 2018 13:09)

    先日は、ありがとうございました。後半の古事記の部分は、押されっぱなしで古事記を読み解くのにこんな切り口があるとは思いませんでした。私も右脳の活用法を見い出しながら古事記の謎解きに挑戦したいと思います。それにしても、人間の脳が左右に分かれ目と耳から入った
    情報を言葉にしてしまうなんて凄い動物というか罪深い動物だとつくずく思います。
    来年の開校を楽しみにしています。