HRM ランニング(Heart Rate Measuring Running)

人生は長い旅やランニングに似ているね。いちど生まれたら、死ぬまでは生きるしかない。いつも楽しく愉快にしていたいけれど、現実はうまくいかない。長く歩むうちに、さまざまな出来事がふりかかる。日射しが強すぎたり、向かい風が吹きよせ、暗雲たちこめて雷鳴とどろき大雨になる。仲間と支えあって走ることもできれば、荒野を孤独に走ることもあろう。自信満々に完走を期待したのに、空腹で目をまわす。はるか先の将来を考えると悲観したくなり、のりこえてきた過去を思い起こして勇気を奮い立たせる。脳がおとろえて道を見失ったり、身体を病んで自力で立つことができなくなる。それでも、だれも、死ぬまで、人生は降りられない。
                                 
           月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也芭蕉
  
人生が長いランニングなのだとしたら、じつはとっておきの秘策がある。50年もの歳月をかけて、私は人生をゆたかにする叡智をもとめつづけた。経済学や金融工学、哲学や宗教学をかじって、瞑想の修行にとびこんで、医学にすがりついた。それでも、人生を救う智慧と技術にあわなかった。そしてそれが「人間の真実」だった。50年生きないと、人間は真実を理解できない構造になっている。釈迦やキリストという天才は超例外なのだ。50歳までの人間は、動物本能のような暗愚と混迷に生きるしかないのだ。若き日は不安と迷いと欺瞞と後悔ばかりだが、それが「人間の真実」だ。だから、自分の人生を呪う若者にあうと、私はこの言葉をぜひ贈りたい。「どんなに苦しくても、50歳までは何をしても生きのびよう。女も男も、更年期(更新期)になると人生をリセット(更新)できるのだから」と。50年つみかさねた煩悩の重みに耐えきれなくなって爆発するのだろうか、統計上では、50歳前後の人間の犯罪率がいちばん高くなる。
 
人生100年を無事完走するには、50歳の折り返し地点を大切にしよう。50歳からどう生きるのか。それが人生のクライマックスを決するだろう。50の歳に、私は世界のトップアスリートを育てた天才コーチと出会った。ランニングは人生と同じくらい困難だ。だれもが、苦手としているのだ。だれも理想の生き方やランニング法を知らないまま生まれてくるけれど、賢者が私につたえた教えは、とてつもなくシンプルだった。
                                                                      
「正しい走り方は各人各様だ。ひとりひとりに理想の走り方がある。ひとりひとりの心臓がそれを教えてくれる。とにかく自分の心臓に合わせるんだ。走り方が正しいか、でたらめなのかは、それでハッキリする!」                                                                                                            
 
なにしろ国際レースの優勝者をことごとく育てた天才コーチの教えだから、わたしはだまって従った。師の教えはあまりにもシンプルすぎるゆえに実践するのがむずかしいところもある。ところが、黙々と実践してみるとよくわかった。その教えはランニングの奥義にとどまらなかったのだ。100年人生をしなやかにつよく走りぬく叡智でもあったのだ。
 
いま、私は仕事の日は片道6キロを走ってでかける。むかし,自転車で往復できるだろうか、と真剣に悩んだことが信じられない。道中で市民ランナーとよくすれちがうけれど、みんなでたらめなランニングをしている。どうすれば正しいランニングになるのか、を教わったことがないらしい。顔かたちがそれぞれ異なるように、理想的なランニング法も各人各様だ。だからこそ、生理学と栄養学にもとづいた自分だけのランニングを知って実践するようにしよう。何を根拠にすえてランニングをするか、それがランニングの質を決める時代にはいった。
                                     
私は「自律神経バイオフィードバック」の普及に長くたずさわってきた。自律神経を改善することが医学的に証明されている唯一の治療法である。私自身がこの方法で自律神経を限界ちかくまで高めることに成功したし、自律神経は改善できると証明して米国のHeartMath財団に認められた。その経験にもとづき、自律神経の向上に「瞑想」が最適とつたえてきた。私の双子・ネルケ無方が最高レベルの自律神経力をそなえていることも「瞑想」が自律神経にはよいことを証明しているといえるだろう。でも、じっさいには、瞑想しても自律神経を高められる人はとても少ないのだ。正しく瞑想することがとてもむずかしいらしい。本格的に正しい瞑想修行にとりくまければ、瞑想によって自律神経を高めることはできないのか。瞑想をめぐって乗りこえられない難関が、私の前に立ちはだかった。
 
しかし、ランニングと人生の天才があらわれて私の問いを解いてくれた。自律神経は身体中の臓器にめぐらされている。自律神経機能が顕著にあらわれるのが心臓だ。自律神経の機能を測定するには、心拍数(Heart Rate)の変動率を計算する(Measuring)。心臓機能を高めるほど、自律神経の機能が向上する。心臓機能を安全に高める最高にして最適な治療法が HRMランニング(Heart Rate Measuring Running)なのである。むずかしい方法ではない。ただ、自分の心臓の調子に合わせて走るだけ。自分の心臓をペースメーカーにして走れば、つま先・踵・足底を痛めることはない。膝や腰をこわさない。息が上がらない。エネルギーをつねに供給する。疲れない。自分だけの理想的な走りが実現する。つづけるうちに心臓はぐんと元気になる。疲れやすかった心臓が若がえる。とうぜん自律神経が改善する。脂肪が燃焼してエネルギーとなり、理想のダイエットが実現する。免疫力が活性化して、がんを治す。もちろん、高血圧や糖尿病なんてカンタンに治るだろう。自律神経の回復は正しいランニングで実現するのだ。走るには自分の心臓が不安だという方もあろう。それには内科医の直接指導のもとで実習することが断然オススメだ。ぐうぜん、わたしは内科医だ。
 
正しく走れば自分の身体に眠っていた力に驚かされる。身体はひきしまり体重はほとんど変わらないのに、羽根が生えたように身体がかるくなる。肥満者であれば、体重と体脂肪率が理想的に減ってゆくだろう。現に、私がいまそうなっている。走るほどに力がぬけてゆくし、力がぬけると、どこまでも走れるように感じる。疲れがなくなるから、億劫ではなくなる。朝から身体が動いてしまう。用事が自動的に片づいてしまう。片づかないガラクタが消える。走って帰宅するとすぐ汗まみれのウェアを洗濯する。洗濯を面倒がっていた私が、いまは洗濯大好き人間だ。ついでに家族の分まで洗濯する。部屋がキレイに、頭がすっきり、気持ちが前向きになる。食事の内容がかわって、身体にふさわしい食事だけを欲するようになる。食費はへる。車や電車をつかわずに走るから、交通費がいらぬ。走ると、酸素を吸いこみ、身体の声に耳を傾けると、風景は美しく、気持ちはやさしくなる。目的地につくと、この上なく満ちたりてやすらぐ。身体は軽々とすっきりしなやかに、衣服がぴったり似あう。オシャレは衣裳で飾るのではなく素肌のハリと身体のシェイプ(かたち)で魅せる。少食で快便、よく眠れて、顔とお尻が小さくなり、背筋はのびて、心はおだやかに、前向きに、活発になる。ついでにお金をつかわない。これがほんとうの瞑想だ。瞑想とは無念無想ではなく、現実の生活能力の完成なのである。生活は快適になる。仕事ははかどる。人生の目標がはっきり見えてくる。脳が、身体が、コリ固まっていたころには、まるで見えなかった世界が眼前にあらわれる。これが真実の瞑想だ。正しく走れば、いつの間にか瞑想が実現している。
 
本来の「こころ」と「からだ」をとりもどせば、がんはずっと治りやすくなり、認知症も脳梗塞も心筋梗塞も予防するだろう。うつ病だって、自閉症だって、統合失調症だって改善するだろう。この私が、そのよい証拠だ(ゆふ しこを)