ご質問、ありがとうございます。

 

遊方之外の治療に、きまった原則はありません。

あえて申し上げるならば、ひとりひとりの患者にフィットしたベストな治療を提供する、のひとことに尽きます。

 

そもそも、人間はひとりひとりがまるで違います。

同一遺伝子をもつ一卵性双生児が、同じ生活環境下で、同じ食べ物や飲み物を、同じだけ摂って、育っても、

やがてまったく違った人間として、異なる仕事をして、異なるタイプのパートナーと結ばれるようになるでしょう。

考え方も、趣味も、病気のかかり方も、政治思想も、愛情のもち方も、何もかもが異なってゆくのです。

 

それに、同じひとりの人間であっても、赤ん坊と、子どもと、青年と、中年と、高年と、老年では、まるで違ってきます。

 

大切なのは、その人の今の状態に最適な医療を選択して、もっとも効果的になるように治療をすすめること、です。

 

ただし、それを実現するためには、さまざまな原則が必要になってくるのです。

わたくしは、理想的な医療を実現するために必要な条件は以下のように考えています。

 

【患者篇】

① 病気を治すためにはいかなる努力もはらう覚悟をもつ患者

② 自分の生活や人生を自分自身でデザインしようとする患者

③ 医師の言いなりになるのではなく、自分の考えをしっかり主張する患者

④ 信頼できる医師を探しだして、その医師の診療を全面的に受けいれる患者

 

① 病気を治すためにはいかなる努力もはらう覚悟をもつ患者

世の中には「病気は医者が治してくれるもの」と信じている人がたくさんいます。

「病気を治せない医者が悪い」と主張する人さえいます。

そういう考えは、あまり人間の役にはたちません。

 

いまや多くの病気が生活習慣病です。

がん・高血圧症・高脂血症・糖尿病・心筋梗塞・脳梗塞・脳出血・肥満・認知症の

ほとんどが生活習慣のつみかさねで起こるのであり、

生活習慣を早く改めるほど、それらの病気を予防したり、改善させるのです。

わたくしは、生活習慣病を「生活習慣からくる病」ではなく「生活習慣が病んでいる」と読みなおしているのです。

 

ほんとうに病気を治すためには、生活習慣をゼロから見直す作業が必要です。

みなさんは生活習慣を変えることがたいへんだ、とおっしゃいますが、

ほんとうにたいへんなのは、生活習慣をゼロから見直すことです。

その生活習慣があたりまえになりすぎていて、何が悪かったのか想像もつかないくらいだからです。

しかし、医師が病んだ生活習慣を正鵠に指摘したら、あっさりそれを受けいれる覚悟が必要です。

ほんとうの治療が進められるかどうかは、この覚悟をもてるかどうかで決まるのです。

 

② 自分の生活や人生を自分自身でデザインしようとする患者

病気とむきあい、病んだ生活習慣をやりなおすには、強靱な覚悟を必要としますが、

「自分の生活や人生は自分自身でつくりあげる」という主体的で、自律的な生き方ができるか、ということです。

 

③ 医師の言いなりになるのではなく、自分の考えをしっかり主張する患者

白衣をまとった医師は、患者の目には強大な権威に映ります。

専門家である医師の発言には大きな力があり、医師に頼る患者は弱い立場に置かれます。

まして、患者が医師とむきあうのは、病院という象牙の塔のなかです。

何から何まで、医師が強く、患者が弱くなるという舞台のうえでおこなわれるのです。

そうした中で、患者が自分の考えを主張するのは、とても大きな勇気が要ることです。

でも、よく考えてみてください。

医師にとっては、あなたは患者のひとりにすぎませんが、

あなたはにとって、あなたはただひとりの拠り所なのです。

唯一の拠り所を賭けてむきあっているのですから、何の遠慮もしてはならないのです。

すべてを理解して、すべてを自分で決断しなくてはいけません。

もし、それを許さない医師や病院であれば、そのときは席を蹴る勇気も必要かもしれません。

そのために、自分の生活や人生を自分自身でデザインする主体的で自律的な生き方を貫く勇気が大切になるのです。

それと同時に、どこまでも患者にむきあい、よりそう医師を探しだすことも大切ですね。

 

④ 信頼できる医師を探しだして、その医師の診療を全面的に受けいれる患者

巨大な総合病院を受診すれば、どの医師が自分を担当するのか、選ぶことはできないでしょう。

フリーアクセス制の保険診療では、患者も、医師も、お互いを選ぶことはできないのです。

顔と名前がみえる個人開業クリニックでなければ、指名することはできないのがふつうです。

その点において、現代医療では患者と医師のマッチングはとても大きな意味をもっているといえます。

 

みなさんがすぐれた医師を捜し求めていらっしゃる一方で、

わたくしたち医師も治すべき患者を捜し求めているのです。

 

わたくしの目からみて、わたくしが治すべき患者とはいったいだれなのでしょうか。

それは、わたくしでなければ治すことができない疾患の患者さんです。

それは、ほかの医師では治すことができなかった患者さんです。

ですから、わたくしは、現代医学の医師の医療に満足できなかった方々の治療をひきうけたい。

ほかの医師で治してもらえるような疾患の患者さんは、どうかよそに回っていただきたいと存じます。

 

わたくしは、医師にこの上ない誠実さと覚悟と技倆を求める患者さんを捜し求めており、

患者さんには、この上ない真剣さと、努力と、ご自分で奇跡を起こす信念と協力を求めます。

 

わたくしのような医師でなくてもかまいませんが、みなさまには、ぜひ、

病んだ生活習慣を見直す覚悟をもって、自分の考えを堂々と主張できる医師をさがしだし、

よく話し合ったすえに、最良の治療方法を選択していただき、

そのあとは医師を信頼して、どこまでも医師とともに病気や自分とむきあっていただきたいと願います。

そうすると、きっとあなたが選べるうちで最上の医療を体験することになるでしょうから。

 

 

【医師篇】

① 自分自身が重病を経験して、努力のすえに治癒した医師

② 単なる医学知識ではなく、実際に効果を上げる医療技術を知る医師

③ 日常生活において養生しつづける医師

 

① 自分自身が重病を経験して、努力のすえに治癒した医師

生涯健康で病気になれない医師を責めるつもりはありません。

でも、重い病気を長く患い、できれば自分の努力で病気を克服した医師がいれば、

その医師はかならず患者の立場にたつことができて、自分のことのようにあなたを励まし、

最善の結果がもたらされることを信じて、ベストな医療を尽くしてくれることでしょう。

 

わたくしのことを申し上げれば、

物心つかぬうちから亡き祖父の魂にみちびかれ、現世で起こることを疑いの目で眺めてきました。

じっさい、生も死も知る死者の魂にはふかいふかい叡智が宿っているのですが、

わたくしが人前や講演会で「霊魂と交流する」と語るやいなや、

「オカルト医師」だとか「オカルト好きな医師の言うことは信用できない」と反応されます。

じつは、わたくしが「霊魂と交流する」のは、いわゆる統合失調症という重い精神疾患がなせる業なのです。

わたくしが正真正銘の精神障害者だと名乗れば、人々の非難の声もおちつくでしょうが、それはしたくありません。

 

わたくしは生まれながらにして脳のバランスが悪く、そのためにたいへんな思いをしてきました。

この過酷な運命を解決するべく、京都大学に進み、禅修行にとりくみ、チベット密教修行をおこないました。

その結果、病気は放っておいてかまわない、わたくしまで病気にまきこまれなくてよい、とわかってからは、

堂々と「霊魂と交流する」エピソードについて語れるようになったのです。

それについては、日本の精神科医療の権威であるM先生に直接わたくし自身の症状を告白して、

診断を仰いだところ、「遊方先生は、病気といわなくていいよ」とお墨付きをいただいたということもあります。

 

さらに、医師になってからは、ブラック企業的な診療所で酷使されて、うつ病にたおれた経験もしました。

統合失調症やうつ病という、重い精神疾患をたてつづけに経験したわたくしには、

それらの疾患に苦しむ人々の「こころ」の内が手にとるようにわかります。

それで、当初は精神科医として精神疾患の治療だけにとりくんできましたが、

あまりにも精神疾患の治療がうまくいくので、かえってつまらなくなってきて、内科分野へ進出しましたが、

それはやはり、「からだ」のことをまなんでおかなければいけない、という運命だったのでしょう。

いまは、患者の「こころ」によりそいつつ、「からだ」をよくして、病気を治すという手法をとるようになりました。

 

② 単なる医学知識ではなく、実際に効果を上げる医療技術を知る医師

わたくし自身が、自分・生活・人生のすべてに悩み苦しみぬいたあげく、

そこからたちなおるための方策を探しもとめる人生をおくってきました。

ゆえに、この疾患にはこの治療をすることになっている、というような医療姿勢ではなく、

この患者のこの状態にもっとも適した治療は何か、をかんがえる診療が習慣になっています。

その際、わたくし自身が苦境からたちなおるのに採用した数々の手法が参考になっています。

 

薬剤でいえば、わたくしは西洋医薬より漢方薬を重視します。

西洋医薬でも、わたくしが処方するのは歴史が長く古い薬剤が多いのですが、

それは長年つかわれてきただけあって、長所と副作用が明確になっているからです。

新しい西洋医薬は、知られざる副作用の懸念があるうえに、薬価もとびきり高くなります。

しかし、その点では漢方薬はゆうに二千年をこえる歴史を有しています。

それに漢方薬は体質や気質ごと変えてくれるため、

たった一剤で多くの症状を一気にマイルドに変化させてくれることがよくあります。

抗不安薬・睡眠薬のエチゾラムのお話をしたことがありますが、

漢方薬をうまくつかえば、エチゾラムの代わりはじゅうぶん務まります。

 

じつは、上海中医大学において気功をまなんだこともあるわたくしは、

気功をはじめ、推手(マッサージ)、鍼灸も得意としています。

薬剤での治療よりも、じっさいのところ、こういった手技の方が治療効果は高いだろうと考えています。

 

じっさいに、わたくしが、医療において重視しているのは、呼吸や姿勢です。

じつに多くの方が、呼吸と姿勢が乱れているために、ひどい病気にかかっておられます。

呼吸と姿勢が乱れすぎているために、正しい呼吸や姿勢が思い出せない方もとても多いのです。

呼吸と姿勢をととのえることは、じつは、生活習慣を正すうえでとても重要な作業です。

呼吸と姿勢をととのえることの大切さを、いつも訴えているのですが、

残念なことに、ほとんどの方があまり真剣に聞いてはくださいません。

どうぞ、こういう生活の基本にたちもどってみてください。

じっさい、わたくしの教えを受けいれていただいた50代女性は、奇跡のような改善と成長を果たしたのです。

 

③ 日常生活において養生しつづける医師

わたくしは「ストレス」という言葉がただしく理解されていない現状を憂いています。

「ストレス」とは何でしょうか。

日常生活で出会うことのすべてが「ストレス」と言っても過言ではありません。

そして、すべての「ストレス」が悪者というわけでもないのです。

 

たとえば、地球上の重力もひとつの「ストレス」です。

重力を上手に受けとめないと、腰痛や骨粗鬆症になります。

じっさい、無重力にうかぶ宇宙飛行士の筋肉は弱り、骨は脆くなります。

筋肉も骨も、適切な重力負荷に抵抗するから強くなって、健やかさをたもてます。

適切に重力がかからなければ、骨も筋肉も脆くなるから、痛みが出るのです。

その最大の原因が姿勢が歪んでしまっていることです。

姿勢が歪むと、身体の各部位に重力の負荷がうまくかからなくなります。

これが筋肉や骨の弱化につながり、腰痛や骨粗鬆症をつくりだしているのです。

 

重力にかぎらず、日常生活で考えなくてはならない「ストレス」は無数にあります。

それらの「ストレス」がきちんと理解できて、よく利用したり、

うまく排除できているか、が養生の鉄則だとかんがえています。

 

これらの養生の基本がわかっていれば、それこそ医者いらずです。

わたくしは、大の医者ぎらいで、医者にかかりたくないばかりに、

自分で医者になってしまった人間です。

生涯「医者いらず」の医者になれるように生きています。

このような医師の養生法もよいと思いませんか。

 

 

 

【治療篇】

① 人間はいつかかならず死ぬ日がくる、治療が役立たないときがくる

あまりにあたりまえのことですね。

これがおわかりにならない方には、わたくしは何もしてさしあげられないと思います(笑)。

 

② 死すべき人間であるが、人間は死や病気をのりこえることができる

人間にはさまざまな制約があります。

それでも、人間は制約を制約としてみとめつつ、制約をのりこえる力をもっています。

病気は病気であるけれど「こころ」まで病む必要はない、と言われるのもそのことです。

人間がもつ究極の成長可能性を自分のなかにも認められるかどうか。

それがあなたの将来を決定するいちばん大切な分岐点になります。

わたくしは、超楽天的に人間の究極の成長可能性を信じています。

ですから、おそろしく波瀾万丈な人生の荒波をのりこえることができたのです。

この絶対肯定的な成長への信頼を、ぜひみなさんと分かち合いたいと願っています。

 

医師がいまの患者の現状を的確につたえて、とるべき選択肢をすべて提示して、患者が納得して治療法を撰び取れるように配慮する。患者と医師がよく話し合って治療法がきまれば、その方針にしたがってともに最善を尽くす

要するに、こういうことですね。

人間がベストを尽くしきるとき、そこに奇跡がおこります。

「人事を尽くして天命を待つ」人にこそ、奇跡は訪れます。

真の医療とは、人間に奇跡を体験していただくエンターテインメントです

だから、あなたも全身全霊をかけて究極のエンターテインメントを実現してください。

わたくしも、全身全霊をかけて、その成就をおてつだいいたします。

なぜ、わたくしがそんなことをするのかって?

あなたが究極のエンターテインメントを受けいれるとき、

わたくしも一緒にその究極のエンターテインメントを享受できるのです。

じっさい、人がたちあがって再起する姿にたちあうほど、素敵なことはこの世にないのですから。

 

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