ご質問、ありがとうございます。

 

遊方之外(ゆふ しこを)はわたくしの仏名であって、本名ではありません。

わたくしのプロフィールをこのページの下段に記しておきます。

 

わたくしが遊方之外を名乗るには、きちんとした理由がございます。

わたくしは物心つかぬまえから若くして戦死した祖父の魂と交流し、みちびかれていました。娘(わたくしの母)の顔も見ずに逝った祖父はとても母のことを気にかけていました。その祖父の魂がわたくしを訪れるのですから、わたくしは母の息子でありながら、娘を気づかう父のように母に接することがありました。家族が混乱するのも当然といえば当然のことでした。父と母が教えようとする世間的な知恵が自分のためにならぬことを自覚しており、学校に上がってからも先生の教えに反抗するばかりで、得体の知れない子どもとして周囲から理解されない日々を過ごしていました。真実の智慧をもとめて京都大学に進みましたが、真実は大学に求めるべきものではありませんでした。その哀しみのさなかに、禅の修行道場・安泰寺に上山したのです。いまや世界的な禅僧に成長したネルケ無方さんと出会ったのも安泰寺でした。

 

奇しくも、ネルケ無方さんとわたくしは、同じ年の同じ日の生まれ、ともに京都大学の大学院(文学研究科)に所属して、ドイツ人でありながら日本語・古漢文を縦横に駆使して禅修行にとりくむネルケ無方と、日本人でありながらサンスクリット語とチベット語をよみこなしてチベット密教に身を投ずるわたくしは、安泰寺で出会うまでおたがいの存在をまるで知りませんでした。何から何までよく似て、しかも好対照な境涯の「双子」のようなわたくしたちの禅の師匠が亡き宮浦信雄師です。

 

宮浦師は、最年少にして斜に構えた参禅者であるわたくしを、どういうわけかとても大事に招きいれてくれました。その師から安泰寺の信徒代表職を任命されたのは、わたくしが若冠25歳のときのことです。信徒代表就任時に、わたくしは遊方之外という名を師より頂戴しました。師はたしかに「いや、大した仕事ではないんだ」と告げましたが、それはでたらめな大嘘で、信徒代表は安泰寺の最高責任役員であり、不慮の事故で宮浦師が急逝されたあと、安泰寺の次期住職を任命するのはわたくしの役目となったのです。わたくしの発意で、ネルケ無方を住職に推薦したところ、ことはとんとん運び、もう四半世紀以上にわたり、ネルケ無方とわたくしは安泰寺の経営に携わりつづけています。

 

現世に生きる人間として初めてわたくしを認めてくれた宮浦信雄師。師から拝名した「遊方之外」は、この世の常識にとらわれない真実の叡智にしたがうわたくしに、もっともふさわしい名なのです。もちろん、現代医学の医師として、わたくしが保険診療の心療内科医としてはたらくときは本名です。けれども、わたくしが本名で医療をおこなうのは、現代医学の法的拘束や旧弊的なしがらみのために真実の理想的医療を追究することを半ば断念していることを意味しています(ゆふ しこを)

 

 

ゆふ しこを(遊方之外)・プロフィール

心療内科医・日本医師会認定産業医・安泰寺信徒代表・「いのちの学校」主宰

チベット密教のヨーガをまなび、人類3万年の精神をうけついだ瞑想者・メディスンマン・神話伝承家・漢方鍼灸家

京都大経済学部、京都大学文学部、京都大大学院文学研究科修了(哲学・仏教学)、山口大学医学部医学科卒

 

心療内科医として湘南で在宅訪問診療に携わり、生活習慣病・うつ病・認知症・がん治療にとりくむ

 

自分自身が深刻な統合失調症とうつ病から独力でたちなおった経験をいかして

食事/運動/呼吸/姿勢/瞑想/自律神経/漢方・鍼灸による人生再創造によって

現代医学と東洋医学の長所を併用する全人的診療をめざしている