遊方之外(ゆふ しこを)です。心療内科医と総合診療医をしています。いまクリニックまでの6kmの道のりを走っています。そして、いつもより順調に仕事をしています。ほんの1ヶ月前には走ってかよえるなんて考えられませんでした。最新鋭のスマートテクノロジーをつかって人間に最適なランニング=ライフスタイルを求めることにしたのです。心臓の鼓動を感じながら青空を見あげます。一歩ふみしめるたびに風景がうつり、人生の流れを感じます。走るごとに疲れなくなります。走るごとに身は軽く楽になります。走るごとに速くなります。走るごとに愉しくなります。足はしなやかに、身体がしまってゆきます。体重はそんなに変わりません。時間さえあれば、どこまでも駆けてゆけるという意欲がわいてきます。姿勢のゆがみを感知して身体の知恵がわきおこってきます。性格もはっきり変わってきました。傲慢さがうすらいで、率直に力がぬけてきました。だれとでも積極的に話せるようになりました。食べるものも、飲むものも変わってきました。ためらいがちに飲んでいたコーヒーをいま1日4ー5杯飲んでいます。汗が流れると、身体から毒がぬけてゆくのでしょう。冬のあいだに体内にためこんだ老廃物がきれいにきえてゆきます。研究して、瞑想して、自律神経をととのえると「いのち」がわかると考えていました。いままったく異なる地平で「いのち」の可能性を見つめています。自分のなかに眠りこんでいた潜在能力がかたちになってあらわれでてきます。わたしは自分自身のことをよくわかっていなかったのです。

 

わたしたちはホモ・サピエンスです。ホモ・サピエンスは「賢いヒト」という意味です。わたしたちの祖先はニホンザルと3千万年前にわかれました。オランウータンとは1千万年前にわかれ、チンパンジーとは600万年前にわかれました。そして20万年前にホモ・サピエンスがあらわれました。この5万年ほどホモ・サピエンスの身体のかたちは変化していないと考えられています。600万年ものあいだ、わたしたちの祖先はさまざまな「いのちの冒険」をくりひろげました。そのさなかに「幸福な時代」を謳歌していたと考えられています。でも、ホモ・サピエンスにとって、現代は「不幸な時代」になりました。ホモ・サピエンスの精神や身体は、現代人の生活に馴染むことができていません。この食いちがいがたくさんの生活習慣病をつくりだしました。人間不信がすすむのもそうです。親子の断絶も、夫婦の不和も、未婚者の増加も、虐待も、いじめも、そこからつくりだされました。

 

わたしがこの数ヶ月のあいだに経験したことは、人間の精神と身体を現代人の生活に適応させようとする試みでした。そして、大きな可能性を秘めたメソードがあることをみずから確かめました。現代社会は人間にとても無理なことをたくさん要求してきます。その要求に必死に応えようとすると、無理がきて、身体をこわすか、精神をみだすか、衝突したり仲違いして、幸せとは感じられなくなるでしょう。それでも、現代人が身体を強くして、精神をしなやかにして、幸福を分かちあって生きてゆくことは、じゅうぶん可能です。人間をとりもどすメソードがあるのです。だれでも、カンタンな方法で、自分のなかに眠っている信じられないほどの潜在能力をときはなつことができるようになります。

 

人類600万年の進化のうちにかたちづくられた「いのち」の本質にめざめれば、わたしが「いまここ」に「このように存在している」理由も、「ありのまま」にいることが究極至高の生き方であることもわかるでしょう。もし、「いのち」がわからなければ、自分が何者であるかもわからないし、自分をとりまく世界がただおそろしく、自分を圧迫してくる怪物であり、この世はとても不自由であると感じるでしょう。「いのち」の本質をただ考えるのでなく、「いのち」を生きる人の、「いのちの学校」です(Dr.Shikoh)

 

 

※医療者向け講演会を4月におこないます。テーマは「現代人の運動不足の正体」です。

 この講演会に一般の方は参加できませんが、ご案内いただきましたら別途お話いたします。