いのちの、お金

 

ふつうに100年をこえる寿命を生きてしまう時代。かつて人類が経験したことがない人生をわたしたちは生きている。これまでの常識はなにひとつ通用しない。10年前にはなかったテクノロジーが日常的になり、世代間で生活様式が異なる。高齢者と現役世代と子どものあいだで考え方も生き方もちがって話が合わない。生活は個人化して、家族がバラバラになって、いまや単身世帯がいちばん多い。あらゆる伝統がうしなわれて、知恵もつ老人がいなくなって、若さが尊ばれる。ほんとうにたいせつなことがいちばん最初に捨てられて人々はゴミに囲まれる。歪んだ身体が誤った思考を招くから、真実の自己はないと科学者は堂々と語る。人間がこれほど生き方を見失った時代はない。まさに人間が生きられない時代。大金をもっているのに、安心できない人は多い。お金がなければ、なおさらだ。そういいつつも、お金があってもなくても何も不安を感じない人がいるらしい。

                                                                        

生と死の臨床現場にたちあう医師をしていると、人々のさまざまな姿にであう。人はかならず「死ぬ」が、「死ぬ」のではなく「殺される」と感じる人がいる。がんで死ぬ、脳梗塞で死ぬ、脳死で死ぬ。絶望しつつ死ぬ。孤独のうちに死ぬ。「死」を心から納得できないのなら「殺害される」という感覚に近いのだろう。死の不安にとりつかれた人々は、同じ行動に出る。苦しいときの「金頼み」だ。あらゆるビジネスの根幹には、こうした死の不安からの逃走が必ずよこたわる。

                                    

 

現代人は労働力を売りわたして生きている。労働力は、いうなれば生活時間だ。たいせつな時間を切り売りしてお金を手に入れる。お金が必要になるのは、安全と安心と快適を手に入れて生活レベルを確保して、自分と家族を守りたいから。過労で自分の健康が傷つき、家族間は不和となり、老後と死の不安は強くなる。人生の終末をそんな風にむかえる人々の不条理をよく見聞する。無計画なのだ。

                                                                     

医師には定年がない。クリニックを開業すれば大金を手にすることさえできる。それをあてにして私に開業を催促してくる人もあらわれる。開業もよいだろう。私はさまざまな社会とつながりがあるから、人脈を活かしてビジネスもできる。自由で平和な日本では、起業してビジネスで成功することは朝飯前だといえる。そして、私はお金に好かれる人間らしい。40歳までろくに働いた経験がない。勘当同然の身で、親からの援助はなかったが、お金に不自由したおぼえがない。いつも、どこかで、だれかがお金をくれたから、やりたい放題に冒険してきた。

 

 

私の冒険の目的は世界一の賢者をさがしだして、その教えを乞うことにあった。世界一の賢者とは、人生のすべてをみとおす智慧をそなえる賢人のことをいう。その賢者を世界のどこにさがせばいいか。賢者の草庵は公表を許されていない。だが、京都大学の大学院生以上がアクセスできる典籍の中に賢者の名があった。その賢者は乞食のようである。古来より、乞食が皇帝や天皇の師匠をつとめた。殷の湯王の宰相伊尹は下人、秦の穆公の宰相百里奚は奴隷になって世を変えた。大徳寺の開祖にして花園天皇の師にむかえられたのは五条河原に暮らす乞食だ。そんな乞食が最高権力者に秘かにさずける教えが、人類究極の至宝といわれる。若気の至りとはいえ、じっさい、私はなんと無謀な旅に出てしまったのだろう。だが、それゆえに私は行く先々でお金をもらい、金額以上の歓びをお返しした。私の冒険は民衆の共感と賛同を得て、人生の歓びを共有することができたから。教えを授かり、娘をやるから医者になれ、と命じる男とあい、冒険が終わった。

 

 

お金の力をもつ私には、お金がついてくる。働かなくたってお金はついてくる。お金を知りぬいている人間には、どうしたってお金がついてくるしくみがある。お金のしくみを知りぬいている人間は、ビジネスしようなんて考えないものだ。ビジネスで手に入れるお金は生きていないし、人間の成長や力につながらない。成長と歓びの対価として得たお金が、豊かで、だれにとってもよいお金になる。だから、いま私は週に2日だけ医師をしている。現代医学はよい仕事ではない。ほんとうに人々のためにならない医療に全力をつくすなんて情熱がつづかない。

 

 

患者の死が「望まれた死」「自然な死」「豊かな死」なら医療は成功といえる。自然に、豊かに、望むように死ぬことができる人なら、大してお金はいらない。生き方と死に方がよくわかる人なら、5000万円ほどのお金を節約しているのだ。そんなに節約できたら、あくせく働かなくても、お金と医療は十二分に足りる。お金が足らぬと不安なのは、生きる術をよく知らず、ムダに死を恐れるからだ。自分の死を「殺される」と感じるのなら、お金と医療がまるで役だっていない。

 

 

お金に好かれる方法があるようだ。お金に好かれたら、お金にこまらなくなる。いまある仕事はどんどんなくなってゆくが、いつでも仕事を選ぶことができる。競争して奪いあわずに済み、与えても与えても手元にたくさん残るようになる。人から好かれて大切にされる。世界でひとりの愛すべき人を愛するようになる。努力なしに勉強がはかどるようになる。一番むずかしい国家資格も取得できる。人生経験を積むにつれて真実の自己にめざめ、生命の奥深い豊かさに感動する。老いるほど成長するから、残酷なまで無味乾燥な若さを遠く憐れむようになる。心身の衰えはむしろ僥倖であるとわかって、人間に生まれた歓びがわいてくる。人間がどのように生きるべきかを知れば、どのように死ぬべきかも見えてくる。どんなに衰えても、人の手は借りずに生き死にするから、自主独立を守りぬく。死が人間でいちばん自然なできごとで、人生をしめくくる極上の瞬間とわかる。人生でいちばんたいせつな教えこそ、人々が知らなくてはいけないと銘記する。そういう人生修養を、子どものうちから積んでこなくてはいけないのだと思う。

 

 

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